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増田修治「ユーモア詩で学級づくり」
第9回 「こわれ家族」それとも「すぐれた家族」?
〜「こわれ家族」「すぐれた家族」〜
(『授業づくりネットワーク』(学事出版)2004年12月号掲載)
執筆者紹介
増田 修治 埼玉・朝霞市立朝霞第二小学校
ますだ・しゅうじ
1958年埼玉県生まれ。
2002年7月、NHKにんげんドキュメント「詩が踊る教室」で、ユーモア詩の授業が放映され反響を呼ぶ。
翌2003年3月には、テレビ朝日「徹子の部屋」に出演し、スタジオが笑いに包まれた。
HP「どんぐり先生(増田修治)のホームページ」 http://www33.ocn.ne.jp/~shuzima3323/
1.こわれ家族
舞帆という女の子が、詩ノートに次のような詩を書いてきました。正直言うと、学級通信や詩集にのせてもいいのかどうか、非常に迷ってしまう詩でした。
こわれ家族
尾崎 舞帆(4年)
うちの家族全員は、
一部こわれたところがある。
ママとことねは下品なところ。
しずかは
いくらごはんを食べても
少しすれば食べられるところ。
まほは忘れ物が多いところ。
うちはこわれ家族? |
2.すぐれた家族
そんな私の迷いに答えるかのように、詩ノートの次ページには、次のようなお母さんの詩がのっていたのです。
すぐれた家族
尾崎 いづみ(舞帆の母)
うちの家族全員は、
一部すぐれているところがある。
ママはビールが好きなところ。
ことねは
おしりがプリプリしているところ。
パパは一番長く眠れるところ。
しずかはごはんをおいしいそうに食べるところ。
まほは早起きして
宿題をがんばるところ。
うちはすぐれた家族だ。 |
3.両方よむことで奥深さが出る詩もあるんだな!
尾崎さんのお母さんは、この「こわれ家族」という詩を子どもが書いたのを読んで、題名でドキッとしたと言っていました。内容をみると、少しネガティブだなと思ったので、増田先生に対してのフォローのつもりで、子どもの詩の下に書いたのが「すぐれた家族」という詩だそうです。
「両方合わせて読むと、それなりにフォローできたのではないかと思っています。でも、だめな部分とすぐれた部分の両方があるのが、家族なのかな?と感じた」と語ってくれました。
同じような出来事を書いても、そのとらえ方によって、こんなに詩が違ってくるのです。
これはある意味、非常にすぐれた家庭教育なのではないかと思いました。そして、人間を見るすぐれた視点を提供してくれている詩だと思いました。確かに、人間は誰でもすぐれた部分とだめな部分が同居しているものです。だからこそ、その両方を認め合って生きていくのが大切なことなのだなと、僕自身も改めて感じることができました。
両方合わせて読むと、結構奥が深い詩なのではないでしょうか?
こうした詩に見られるように、私は詩の指導をしていく中で、お父さんやお母さんの指摘や詩を通してハッとさせられることがあります。そして、自分の未熟さを教えてもらえているような気がしています。
教師だからと、えらそうにふんぞりかえっていたら、みえないものが、たくさんあります。親だって、私の経験していない人生を知っている先生なのだと思えるようになってきたこのごろです。
この連載は、月刊雑誌『授業づくりネットワーク』(学事出版)に掲載されたものです。
執筆者と編集者の許諾を得て掲載しています。 http://www.gakuji.co.jp/
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